5-1  2006/04/09




  日本が日清日露戦争に勝って
  一流国家の仲間入りをした明治時代は
  <栄光の明治>と呼ばれています。

  では明治時代とは女性にとっては
  いったいどんな時代だったのでしょうか?
  平塚らいてうを中心に
  みてゆきたいと思います。
 
◆新しい女性たち 平塚らいてう(1)

明治の女性を取り巻く状況

1870(M3) “新律綱領”発布

※「律」という字には罰則があるという意味がある

家族の階級的序列  親子は一等親 夫と妻と妾は二等親

  

     武家社会のシステム導入
  
    一夫多妻の承認

   法律によって男女差別を定めた



1871(M4) “戸籍法”発布

戸主(父または長男)が戸籍の筆頭人、
尊属(自分より前の世代に属する者)・男性が上位
卑属(自分より後の世代に属する者)・女性が下位
男性にのみ親権が認められた。
家督相続は女子よりも庶子男子を優先

この年、内務省「臣民一般妾の称号苦しからず」と指令 → 妻妾同居を承認
※1883(M16) 12年後にこれは廃止され一夫一婦制が法律で決まった。

1876(M9) “太政官指令”

夫婦別氏
“伺ノ趣、婦女、人ニ嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用ユ可キ事”  
(結婚後苗字はどうすればいいのかと役所に問うた時前の苗字でと言われた)
女性は無能力者という扱い。家督を継げない。

1889(M22) “大日本帝国憲法”“衆議院議員選挙法”発布 

               ↓              ↓
人民は臣民 天皇の絶対化            ↓
                   女性の無権利の出発点
                   選挙権(国税15円以上納付する25歳以上男子)
(らいてう3才)            被選挙権(30歳以上男子)

1890(M23) “集会政社法”公布  “教育勅語”公布

集会及政社法
女子は政談集会に会同すること。結社に加入すること禁止。違反すれば罰金刑。

教育勅語 → 天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (欧化主義から国粋主義へ

1898(M31) “民法”発布

ドイツの民法を参考にして作られた。
(フランス風の民法が以前作られたが日本に馴染ないので施行されなかった)

夫婦同氏制、妻の氏は夫の「家」に従属。
戸主権・・・・・・・・子女の婚姻の許可、家族員の居住地の決定
親権・・・・・・・・・・父親
家督相続・・・・・・嫡女子と庶男子の場合、庶男子優先。(一夫多妻制の公認)
財産管理維持・・女性は準禁治産者扱い。(女性は無能力と判定)
本籍地・・・・・・・・現住所と無関係に「家」の所在地

 「人事編大体論議事筆記」(原本は現存せず)
 家トハ、氏ヲ以テ独立シテ人別ノ戸籍ヲ設ケタル者ノ系統ヲ云フ。 
           「家制度」の確立

らいてう<平塚明(はる)>


平塚らいてう

1886年(M19)2月 麹町にて定二郎と光沢(つや)の三女として生まれる。
父は高級官僚で、母は徳川家の御殿医から町医者になった家柄の出。
長女は夭折。孝明天皇からとって次女は孝(たか)三女は明(はる)
皇室絶対主義の家で毎朝神勅を唱えるのが日課であった。
父は欧米視察後、母に女学校で英語と商業学校で洋裁刺繍編み物習わせる。
家も洋館で全員洋装、洋食を食べる生活をしていたが、憲法・教育勅語で
国粋主義化してくると、和服を着て和室で暮らすようになり教育勅語も毎朝
唱えるようになる。
■ 1898(M31) 東京女高師付属御茶ノ水高等女学校入学
           修身教育に反発し五人組でよくエスケープした。

■ 1903(M36) 日本女子大学校(1901年設立)家政科入学 06年卒業。
           英語を習いたかったのに父親が許してくれなかった。
           校長・成瀬仁蔵
                      @女子を人として教育すること
                      A女子を婦人として教育すること
                      B女子を国民として教育すること

          日露戦争の影響により@からBへ移行していった。

20世紀初頭 東京府立第二高女
「大きくなったら何になりますか?」「私は賢母良妻になります」
同じクラスの青山(山川)菊江は別の機会に作文に議会のことを書いたが
「議会のことは誰に教わったか」と聞かれ「新聞で知りました」と答えたところ
「あなたは新聞を読むのですか。お母さんはご存知ですか」と言われた。

その頃、学校で教えられた“かぞえ唄”
♪「二ツトヤ ふた心なき武士(もののふ)に習うて 夫に身を尽くせ 身を尽くせ
♪「五ツトヤ いかなる夫に仕えても 機嫌をとるのが妻の役 妻の役

         → 近衛文麿の論文を検証         → 平塚らいてう(2)へ