4-7-3  20065/12/11


理想を掲げて革命に燃えるレーニンは、日露戦争にも負けてますます弱体化し
混乱するロシアで軍事力によって革命を成功させた。
しかし民衆の理解と支持が十分でなかったレーニンたちは議会で少数派であり
平等な理想社会を実現するために、反対派が多数の議会を強行に解散させ
一党独裁体制によるソビエト政権を樹立する。

十一月革命(1917年) 〜ボリシェヴィキ一党独裁〜(資料NO.12)

ロシア歴では10月で西暦で11月

軍事力で革命を起こす

11.6 軍事革命委員会武装蜂起を呼びかけボルシェヴィキ蜂起

   「赤軍」=労働者達の義勇軍の軍隊とロシア政府軍隊手を握る。

11.7 ケレンスキーの臨時政府を壊滅したと発表。
    ソヴィエト政権誕生を宣言。
    講和会議開催を発表する。
    土地制度の改革。農村における貧富の格差をなくすため土地はすべて公に。

11.8 冬宮を占領し閣僚を逮捕する。
    ケレンスキーは女装して逃亡。
    全ロシア=ソヴィエト大会(ソヴィエト組織最高機関)が開かれる。

全ロシア=ソヴィエト大会

 ■レーニンの二つの提案を承認
   ◆「平和に関する布告」 
   ◆「土地に関する布告」 

 ■内閣の組織

   ◆人民委員会会議 ・・・ 内閣にあたるもの
   議長(首相)レーニン  
   外務委員(外相)トロツキー 

   ◆全ロシア中央執行委員会
   人民委員 スターリン(のちの独裁者、革命前にはシベリアに流されていた) 他


 ■ボリシェヴィキと密接な繋がりを持っていた社会革命党の中で臨時政府を作った
   いわゆる左派系は、中央執行委員会には参加したが内閣の組織には入らず。
   社会党左派はメンシェヴィキや社会党の右派などの全社会主義勢力の
   連立で内閣を作るべきだと主張したが受け入れられなかったので不参加。
              ↓
   最初からひびの入った状態で始まった。


 ■ 秘密外交の廃止
   旧帝政政府と臨時政府が締結した秘密条約を公表。無効を声明。

新政府の宣言

11.8 平和に関する布告
   戦争による領土の拡大は認めない。無併合。賠償金は求めない。無償金。
   そういう条件で戦争をやめよう。

11.11 ロシア諸民族の権利宣言

  諸民族の権利宣言 (1917年 ソ連邦)

 労働者と農民の十月革命は、奴隷解放という共通の旗の下にはじまった。(中略)
 のこっているのは、ロシアの諸民族だけだ。かれらは抑圧と専制にくるしんできたし、
いまでも苦しんでいる。いますぐに、かれらの解放にとりかからなければならない。
この解放を断固として徹底的に行わなければならない。
ツァーリズムの時代、ロシアの諸民族は、組織的に、たがいに、けしかけられてきた。この政策の結果はだれでも知っている。一方では虐殺とポグロム、他方では諸民族の奴隷化であった。
 このような恥ずべきけしかけあいの政策はもはやない。これを復活させてはならない。いまや、このような政策をロシアの諸民族の自発的でまじめな同盟の政策にかえなければならない。(中略)

1. ロシアの諸民族の平等と主権。
2. 分離と独立国家の結成をふくむロシアの諸民族の自由な自決権。
3. ありとあらゆる民族的および民族宗教的な特権と制限の廃止。
4. ロシアの領土に住む少数民族と人類学的グループの自由な発展。

<註>
ソヴィエト連邦
ロシア人約半数、残りの半数は100を超える民族によって構成。
15の共和国、10の自治共和国、8の自治州を形成。
教育は58の言語を用いて実施されている。(1983.4時点)

民族自決権

民族自立(独立)と同義語でなく、他民族と連立することも分離することも含めて
それぞれの民族が決定する権利だが、民族の問題は政治面だけでなく
文化・宗教・伝統など、精神的面での葛藤があるのでその解決も複雑多岐にわたる。

ポグロム 
ユダヤ人など少数民族に対して行われた集団的な虐殺、略奪。

人類学的グループ 
シベリアや北極海沿岸に住む人々。

                    ↑
国内では自由平等を掲げた西欧諸国は、少数民族への抑圧、植民地諸民族に対して
搾取と支配を続けている。
この時期民族の独立を求める声は明らかになってきた。
第一次世界大戦の戦後処理を行ったベルサイユ条約はヨーロッパにおける諸民族の
自立を認めながら、アジア、アフリカの諸地域の民族自決を認めようとしなかった。
自由、平等を主張するものが、他のところでは抑圧者になるという
矛盾を断ち切り自族自決権を完全に保障しようとした。

土地に関する布告
 1.土地私有権の廃止、
 2.土地使用権を自分自身の労働で耕作しようとする全ての市民に与える                  

労働者による工場管理

銀行の国有化

急進的過ぎてメンシェヴィキや社会党右派は抵抗始める。
しかし圧倒的多数の農民達は土地が使えることで満足し革命に関心を示さなかった。
内閣を組織した人民委員が五人ほど辞職する。


11.23 全ロシア農民ソヴィエト大会
   ボリシェヴィキを支持しないで社会革命党を支持する。
   しかし今の社会主義政権は支持するという曖昧なまま終わる。

   農民層が社会革命党を支持人民委員が五人辞めたことで世論に後押しされて
   空席に社会革命党を送り込まれる。
                   ↓
           ボルシェヴィキ政権のが箍がゆるむ

憲法制定にみる反革命派と革命派の動き  (資料NO.16)

憲法制定会議の混乱

11.25 憲法制定会議の選挙
社会革命党 ボルシェヴィキ 民族グループ 立憲民主党 メンシェヴィキ
413 183 86 17 16 3
 革命を主導したレーニン率いるボルシェヴィキは第二党となる。

1817レーニンが起草した下記の「勤労し搾取されている人民の権利宣言」が議会によって否決
反対(社会革命党派右派) 賛成(ボルシェヴィキ派)
247 146

   勤労し搾取されている人民の権利宣言 1918ソビエト連邦

1.ロシアは労働者・兵士・農民代表ソビエトの共和国であることを布告する。

2.憲法制定議会は、人間による人間のあらゆる搾取の絶滅、諸階級への社会の分裂の
 完全な排除・搾取者の反抗にたいする容赦ない弾圧・社会主義的社会組織の樹立・
 およびすべての国における社会主義の勝利を、その基本的任務とし、
 さらにつぎのことを決定する。

 @私的土地所有は廃止される。すべての土地は、いっさいの建造物・器材その他の
   農業生産の用具とともに、全勤労人民の資産であることを布告する。
 A労働者統制と国民経済最高会議とにかんするソビエトの法律は、搾取者にたいする
   勤労人民の権利を確保することを目的として、また工場・鉱山・鉄道その他の生産
   および運搬手段を労働者・農民国家の所有に完全にうつすことへの第一歩として
   確認される。
 B勤労大衆を資本の束縛から解放する諸条件の一つとして、すべての銀行を労働者・
   農民国家の所有にうつすことが確認される。

3.憲法制定議会は、すべての戦争のうちもっとも犯罪的な現在の戦争で全世界を血潮に
 ひたした金融資本と帝国主義の毒牙から人類をすくいだそうとする不屈の決意を表明して
 ソビエト権力のとる政策、すなわち、秘密条約を破棄し、現在交戦中の軍隊の労働者
 および農民同士のきわめて広範な交歓を組織し、諸民族の自由な自決にもとづく
 諸国民間の無併合無賠償の民主的講和を革命的方策をもちいて是非とも
 勝ち取ろうとする政策に全面的にくみするものである。

 同じ目的で、憲法制定会議は、少数のえらばれた民族の搾取者どもの福祉をアジア・
 一般には植民地および諸小国の数億にのぼる勤労住民の奴隷化のうえに
 うちたててきたところの、ブルジョア文明の野蛮な政策とは、完全に訣別すべきことを
 主張する。

    ******************************

注:この宣言は人権を羅列するのでなく、これまでの搾取の手段、方法を具体的に取り除き
   それを共有・社会化することを決めている。階級をなくすことが目的
   18年ソ連憲法の第一編として(全文)ソ連憲法の「人権宣言」になっている。 

1918.1.18 ボリシェビキと社会革命党左派は意見が受け入れられず憲法制定会議から脱会。

1918.1.19 全ロシア中央執行委員会(国会に相当)
       憲法制定会議の解散を布告。

1918.1.23 ボリシェヴィキの主催する全ロシアソビエト大会でいったん否決された
       「勤労し搾取された人民の権利宣言」を可決。

「勤労し搾取されている人民の権利宣言」が発布された事情

何故社会主義革命が起きたのか?
1890年頃(日露戦争前)からロシアも主にフランスの投資により工業化が進んだ。(債権者3万人)
ロシアの資本家は皇帝、貴族、地主層(中世の権力者)と結びついて利益を追求していた。
このためロシアの工場では極めて劣悪な条件の下で労働者階級は搾取され
激しい階級対立が生じていた。

 日本では搾取が巧妙に目立たなくされているので大勢が中流意識でいる。
 所得格差が進んでいるのは目に見えない搾取があるから。
 ロシア革命によって出来たソヴィエト連邦共和国が最終的に崩壊したのは
 一党独裁にあったのではないだろうか。
 社会革命党左派の主張した社会主義政党全体が手を握って
 新しい国造りをしていたらスターリンのような独裁者は出なかっただろうし
 今でもソヴィエト連邦として存在していたかもしれない。

                                          善方


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